岡山地方裁判所 昭和43年(ワ)724号 判決 1974年3月30日
主文
原告の各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 第一次
被告は原告に対し、別紙目録一および二記載の各不動産について昭和一六年九月付贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
2. 第二次
被告は別紙目録一記載の不動産の内、別紙図面<イ><ロ><ハ><ニ><イ>の各点を直線で結んだ部分および別紙目録二記載の不動産の内、別紙図面<イ><ロ><ハ><ニ><イ>の各点を直線で結んだ部分の各分筆登記をなしたうえ、原告に対し右各部分の所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
3. 第三次
被告は原告に対し別紙目録一および二記載の各不動産につき、それぞれ持分五分の二の所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の趣旨に対する答弁(第一次ないし第三次について共通)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 第一次
原告は、昭和一六年九月頃、訴外今井千代からその所有にかかる別紙目録一および二記載の各不動産(以下本件不動産と称する。)の贈与を受けた。
これは訴外今井斉が、昭和一五年一二月一一日本件不動産の近隣所在の訴外今井千代所有にかかる別紙目録三記載の不動産の登記簿上の名義を同女に無断で自己の息子である被告名義に変えたので、これに驚いた訴外今井千代が本件不動産の所有者名義もまた無断で被告名義に変えられることをおそれ、そのような事態になる前にこれを原告にやつておくと言つて贈与してくれたものである。
2. 第二次
仮に、右贈与についての主張が認められないとしても、原告は昭和二〇年六月二九日の岡山空襲で自宅を焼かれた際、本件不動産は右贈与によつて自己の所有になつているものと信じていたので、同年八月より当然のこととしてこれに居住することとした。
原告は、以来今日まで所有の意思をもつて、平穏かつ公然に別紙目録一記載の不動産の内、別紙図面<イ><ロ><ハ><ニ><イ>の各点を直線で結んだ部分および同地上の別紙目録二記載の不動産の内別紙図面<イ><ロ><ハ><ニ><イ>の各点を直線で結んだ部分に居住して占有を継続してきたものであり、そして、その占有のはじめに原告は善意かつ無過失であつた。
従つて、一〇年の取得時効は昭和三〇年八月末日に、或いは二〇年の取得時効が昭和四〇年八月末日には完成しているので、いずれにしても原告は右占有部分について本訴において取得時効を援用する。
3. 第三次
仮に右第一次および第二次の主張が認められないとしても、次に述べる如く、原告は本件各不動産につき五分の二の相続持分を有するものである。すなわち
(一) 本件不動産はいずれも訴外今井千代の所有するところであつたが、同女は昭和一七年二月八日死亡した。
(二) ところで、原告は同女の養子であつた訴外坂井照一(大正三年九月二二日養子縁組、同一三年四月二日離縁)の長女であり、被告は右千代の養子訴外今井斉(昭和二年六月六日養子縁組)の長男である。
右千代の死亡により、原告、右今井斉ならびに右千代の非嫡出子訴外木下ミサオが、共同相続した。この持分は原告と右今井斉は各五分の二、右木下ミサオは五分の一である。
なお、原告の相続は右照一が大正一三年四月二日離縁となつているので、これを代襲相続したものである。
(三) ところが、原告不知の間に、別紙目録一記載の不動産につき岡山地方法務局昭和四三年五月一八日受付第一八〇一四号をもつてなした昭和一七年二月八日遺産相続を原因とする右木下ミサオ、今井斉への所有権移転登記手続が、また別紙目録二記載の不動産につき同法務局同日受付第一八〇一三号をもつてなした右両名を共有者とする所有権保存登記が、それぞれなされており、更に右両不動産について、同法務局昭和四三年五月二四日受付第一九〇五五号をもつてなした昭和四二年一一月二九日右今井斉より被告に対する贈与を原因とする持分全部移転登記が、続いて、同法務局昭和四三年五月二四日受付第一九〇五六号をもつてなした昭和四二年一一月二九日右木下ミサオより被告に対する贈与を原因とする持分全部移転登記が、それぞれなされている。
(四) しかしながら前記のとおり本件各不動産について原告は持分五分の二、訴外今井斉は持分五分の二、訴外木下ミサオは持分五分の一の割合で、これを共有するものであるから、前項の各登記はいずれも原告の持分に関しては無効である。
二、請求原因に対する認否
1. 第一次
請求原因事実は不知。
2. 第二次
請求原因事実中、原告が昭和二〇年八月以来原告主張の不動産に居住し、現在に至るまでこれを占有していることは認めるが、本件不動産を所有の意思をもつて占有し、かつ占有のはじめ善意無過失であつたとの事実は否認する。
原告が本件不動産に居住するようになつたのは、終戦直後、訴外今井斉が、偶然原告の父と出会い同人が岡山空爆によつて焼け出され行くところもないとのことなので、短期間同人らを本件不動産に居住させることにしたに過ぎない。
3. 第三次
請求原因(一)、(二)、(三)項記載の事実は、原告が訴外今井千代の遺産を原告らと共に相続し原告の持分が五分の二であるとの点を否認し、その他の記載はいずれも認める。
三、抗弁
1. 第二次請求原因について
仮に原告主張の如く取得時効が完成しているとしても、前示のとおりその後、被告は時効完成時の本件不動産所有者である訴外今井斉他一名から昭和四二年一一月二九日本件不動産の贈与を受け、同四三年五月二四日これを原因とする所有権移転登記手続がなされているのであるから、原告は登記なくして被告に対抗し得ない。
2. 第三次請求原因について
(一) 本件不動産の被相続人今井千代は、昭和一七年二月八日死亡し、遺産相続が開始せられた。従つて、原告が代襲相続によつて本件不動産の五分の二の相続分を取得したとしても、その後二〇年を経た昭和三七年二月七日の経過によつて、原告の承継した所有権にもとづく返還請求権は消滅した。(旧民法第九九三条、第九六六条)。
(二) 被告の被承継人今井斉は昭和二一年一一月二七日、原告の隠居による家督相続によつて、本件不動産に対する原告の持分も承継した。
(三) 仮に右主張が認められないとしても、右今井斉が家督相続をしたのは、昭和二一年一一月二七日であり、本件訴の提起は同四三年一〇月九日である。従つて、原告の被告に対する家督相続回復請求権は、右相続開始の日より二〇年を経過した昭和四一年一一月二六日の経過をもつて消滅している。
四、抗弁に対する認否
抗弁事実をすべて否認する。
五、再抗弁
1. 抗弁1.について
原告と訴外今井斉との間で、昭和四二年一二月に前記原告の時効取得部分を分筆したうえ、原告に対し所有権移転する旨の和解が成立していたものであり、被告はこれを知悉していながら、右今井斉と共謀のうえ、前記贈与を原因とする所有権移転登記手続をなしたものである。
従つて、背信的悪意者たる被告は、原告に対し登記の欠缺を主張し得ないものである。
2. 抗弁2.の(二)について
訴外今井斉の昭和二一年一一月二七日原告隠居による指定家督相続は無効である。
即、右昭和二一年一一月二七日、当時原告の長女訴外今井文子(昭和二一年三月二七日生)は既に出生していた。ところで、被相続人は隠居に際し、法定推定家督相続人がないときは家督相続人を指定することができるが、この指定は法定の推定家督相続人あるに至ればその効力を失なう(旧民法第九七九条)のであるから、右今井斉の家督相続は無効というべきである。
なお、右今井文子は戸籍上昭和二一年一二月一五日生と記載されているので同日出生と仮定しても、右今井斉の家督相続当時胎児であつたのであるから、旧民法第九六八条により家督相続においては既に生れたものと看做されるのであるから、右結論に相違はない。
従つて、原告の財産は千代から相続した本件不動産に対する持分を含め斉に承継されてはいないのであるから、本件不動産について原告が五分の二の持分を有すること明らかである。
六、再抗弁に対する認否
各再抗弁の主張を争う。
七、再々抗弁(再抗弁2.(二)について)
原告の指定相続無効の主張は、正義公平の理念、民法第一条の立法趣旨および改正親族法、相続法の精神などのいずれから見ても正に権利の濫用に該当し、到底認容さるべき主張ではない。
即、原告は大正一三年四月その父照一の離縁と同時に同人と行動を共にして今井岩吉、同千代の許を離れ、その後同人等と生活を共にしたこともない。これに対して、今井斉は昭和二年六月右岩吉、千代の養子に迎えられて、その后同人等と生活を共にして、孝養を尽し、生活上の面倒、看病、葬式、法養その他の義務を履行し、昭和五年九月岩吉死亡後は、実質上今井家の家督相続人としての地位に立ち、その責務を果して来たものである。
そうしたところに終戦を迎え、当時四六歳の壮年に達していた今井斉が自己の権利意識に目覚め、戸籍上においてのみ戸主たる地位を有するに過ぎなかつた原告に対し、家督相続の指定を要求して、名実共に今井家の当主になろうとし、原告においてもこれを拒否する正当の事由のなかつたところから、真意にもとづいて右要求に応じたものである。
また、前記文子は出生後間もなく死亡している。
右の如き事実からすれば、原告の主張は前記のとおり権利の濫用というべきである。
八、再々抗弁に対する認否
再々抗弁の主張を争う。
第三、証拠(省略)
(別紙)
目録一
岡山市広瀬町参四番
宅地 弐四坪八合七勺
目録二
岡山市広瀬町参四番
家屋番号 同町参四番の弐五
木造瓦葺弐階建居宅 壱棟
壱階 弐拾坪
弐階 壱五坪八合四勺
目録三
岡山市広瀬町弐九番
宅地 壱〇五・九壱平方メートル
<省略>